なぜ森山大道の写真は世界から評価されているのか

『Pretty Woman』より 2017年 (c)Daido Moriyama PhotoFoundation

はじめまして、大阪でストリート写真を中心に撮っているHideki(@_th0710)です。

写真が好きで、インターネットや雑誌で情報収集されている方なら、誰しもが一度は有名な写真家の作品を目にしたことがあるかと思います。

その中には、パッと見で「綺麗な写真だな〜」「かっこいいな〜」と感じるものもあれば、「なんでこの写真が世界で評価されてるんだろう」と疑問に感じたものもあったのではないでしょうか。

私の場合、はじめて森山大道の写真を見たとき「かっこいいけど、綺麗じゃないし、なんでこれが評価されてるんだろう」と疑問に感じたことがあります。

しかし歴史や背景を紐解いていくと、なぜ森山大道が世界的に評価されるに至ったかを知ることができました。

そこで本記事では、同じような疑問を感じられた方にもわかりやすいように、日本を代表する写真家・森山大道に注目し、写真について考えていきたいと思います。

森山大道ってどんな人?

© Daido Moriyama Photo Foundation

1938年生まれ、現在82歳の日本を代表する写真家です。

国内外で数多くの賞を受賞しており、2019年には写真界のノーベル賞と言われているハッセルブラッド国際写真賞を受賞されています。

なんかすごそうな人…どんな写真を撮るのか気になりますね。次に森山大道の写真の特徴である「アレ・ブレ・ボケ」について説明していきます。

アレ、ブレ、ボケとは

森山氏の代表作「三沢の犬」
Daido Moriyama, Misawa, 1971 © Daido Moriyamaa

「アレ、ブレ、ボケ」を簡単に説明すると、”荒れた粒子、ブレた画像、画像がボケた写真表現”のことです。この表現は「被写体をレンズの力で綺麗に写し、正確に印画紙に再現し、外界の真実を伝えるもの」だとする、写真の既存概念からは程遠いものでした。

では、なぜこのような表現に至ったのでしょうか。これを理解するためには、ある程度写真史の流れを知る必要があります。

写真史の流れ

少し難しい話になりますが、新しい表現を生み出すには必ず過去の流れを理解することが必要となってきます。森山大道もその流れの中で、自身の表現を確立していった一人なのです。

ここでは、写真史の流れの一部を簡単に説明します。

戦前の新興写真(新即物主義)とは

1920年代の「芸術写真」といわれる分野では、写真をどのようにして芸術とできるかを考えたとき、「絵画のような写真を撮ることができれば芸術になりうるのではないか」と考えられていました。

しかし、1920〜1930年には「絵画的な写真(ピクトリアリズム)ではなく、写真独自の可能性を広げていこう」という流れになります。そこで出てくるのが新興写真(新即物主義)です。

「澤本徳美 写真術の発達と表現の変遷 1989」にて、アメリカの写真家スタイケンは”偵察用に撮られたシャープな航空写真を見て、写真の機能を再認識し、機械によって提供された新しい視覚に写真の価値を発見した”とあります。

つまり、写真の独自性とは何かを考えた時に、それは機械というカメラが写す、人間的な物の見方ではない機械的な視点の写真(カメラという機械によって提供された新しい視覚の写真)が芸術になるのではないかと考えられたのです。

新即物主義の代表的な写真家には、アルベルト・レンガーパッチュという写真家がいます。

Catasetum trindentatum, Orchidaceae, 1922-1920
©Albert Renger-Patzsch / Archiv Ann und Jürgen Wilde, Zülpich / ADAGP, Paris 2017

「機械の目によって写された写真」は人間の目の捉え方とは違うため、写されているものが人間の目で見るものとは違う何かのように見える写真になっています。

この「写真独自の表現とはなにか」を追求していく新興写真に森山大道も大きく影響されました。

森山大道が影響を受けた写真家、ニエプスとアジェの系譜

View from the Window at Le Gras, Joseph.1826-1827

森山大道が影響を受けた写真家も気になりますよね。

『写真とは何かー森山大道論 2007』にて、ニセフォール・ニエプスの写真は「像が不鮮明であり、粒子はもちろん粗いものだった。森山の写真に残った、粒子の粗さはこのニエプスの写真を想起させるのである」と記されており、さらに「彼はニエプスの写真の光と影の中に、「ぼく自身のあり得べき写真」を見出したのである」と考察されています。

つまり森山大道は、ニエプスの写真に純粋な写真らしさを感じたようです。何か撮影者の意図や演出があって撮られたものではなく、カメラという機械が純粋に写したものとして、それが一番純粋な写真なのではないかと、その時代の写真概念を問う姿勢が感じられます。

Eugène Atget (French, 1857 – 1927) Ancienne ecole de Medecine, 1898, Albumen silver print 21 × 17.6 cm (8 1/4 × 6 15/16 in.), 90.XM.47 The J. Paul Getty Museum, Los Angeles

さらに、森山大道はジャン=ウジェーヌ・アジェがパリを撮影した写真に対して、”撮影者の恣意による身勝手な作為などなく、在るものを在らしめよ、という徹底したスタンスから写されたものばかりで、パリ中の街衢という街衢を包む、パリという名の雰囲気を一枚削ぎとられた、裸の都市が露呈していた。”と語っています。

アジェの写真から「徹底した記録としての主観性のない写真」に写真らしさを感じているように思います。このことからも、森山大道は写真らしさを追求したときに、撮影者のイメージを伝えるためではなく、撮影者の主観性を排除していくことに辿り着いたようです。

森山大道が写すもの

新興写真は機械的な捉え方をするため、撮影者の主観は排除された写真となりました。

そして森山大道の写真も、イメージをアレ(荒れ)によってそぎ落とし、「撮影者が見たものや意図するものを明確に見る側へ伝える」という意味での主観性は排除され、写っている物が何なのかわからないことがあります。

provoke 復刻版 第3号

写っている物の意味が読み取れないからこそ、見る側は無数の捉え方があり解釈の幅が広い写真となります。

撮影者の一方的なイメージの押し付けがないからこそ、見る側には色んな想像を働かせるような余地が残されたものになったのです。

なぜ世界から評価されているのか

このように森山大道からは一貫して、写真史の流れを踏まえつつ、写真と向き合い「写真とはなにか」を追求していく姿勢が感じられます。これがアレ、ブレ、ボケの表現に繋がっていくんですね。

写真史の流れのなかで、写真の本質を問うようなものを提示してきたからこそ、世界から評価されたのです。 

まとめ

森山大道は「写真とはなにか」「写真独自の表現とは」を追求していくことで、アレ・ブレ・ボケの表現に辿り着きました。その表現に行き着くまでの背景に写真史の流れがあり、ストイックに写真に向き合っていく姿を感じます。

今回はざっくりでしたが、本当はもっと複雑な意図があり、表現に繋がっています。その一枚が撮られるまでの背景がわかると、写真の楽しみ方の幅も広がるかもしれません。

  • 参考文献:
    1.上田直人 写真とは何かー森山大道論 2007
    2.澤本徳美 写真術の発達と表現の変遷 1989
    3.森山大道「犬の記憶 終章」河出文庫(東京、河出書房新社、2001)、11項
    4.provoke 復刻版 全三巻/PROVOKE Co mplete Reprint 3 Volumes
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